
昭和82年(2007年)
1月
支配人が切り盛りしていたバンドが僅か半年余りで活動休止決定
2/12
新メンバーを探し求めて下北沢を徘徊中、大荷物を引きずった女子を発見。
その場で捕獲し、ジャズ喫茶「マサコ」に連行し洗脳。この少女が後の本郷ケメ子である。
2/16
UFOクラブにて行われた支配人のバンドの最終実演会に来ていた、
ベルボトムに柄シャツ姿でモジモジしていた女子を発見。
ギター弾かない?と話しかけたところ、奇遇にも彼女はギタリストであった。 シャルロット御前崎との出会いである。
4/24
まだメンバーが揃わぬのに強引に実演会を決行。(於:新宿JAM)「パンチラーズ」名義で出場。尚、この日のステージの出来は最悪。
5/10
下北沢での会合中に突然ベースを背負った女子が現れる。
初対面の支配人にいきなり年齢を聞き、気分を害した支配人は殆ど彼女と口を利かずビールを飲み続けた。
なんだかんだで、この少女はベアトリーチェ桃山として電気ベースを担当する事になる。
6/24
初舞台。秋葉原dressTOKYO『CANON FESTA ver,1.1 1.2』
暫くはリハーサルや実演会の度に雨に降られ一部では「雨降らしバンド」等と揶揄されるが、それは梅雨時だったから。
10/28
武蔵野美術大学芸術祭にて、初めての野外実演会を行い、大盛況となる。 この日の動画がインターネット上で公開されたのをきっかけに、少しずつ名前が広がり始める。
12/6
ピースミュージックにて、中村宗一郎氏をエンジニアに迎え、初めての録音作業。
昭和83年(2008年)
1/22
実演会会場にて二曲入り自主制作CDR「真っ赤なゼリー」を販売開始
2/6
ディスクユニオン全店にて委託販売開始
程無くして、同店舗インディーズチャートにランクインする。
秘書兼ベーシストのベアトリーチェ桃山が02/10の実演会を最後に退職。
以降は臨時従業員リリィ横山のサポートにより活動を継続。
3/7
同上のチャートにて首位を獲得。無名のバンドとしては快挙であると一部で熱い話題となる。
このシングル盤は間もなく完売。
同時期よりINTER FMの朝の番組「good morning garage」にて「真っ赤なセリー」がヘビーローテーションされ、問い合わせが殺到
4/25
「真っ赤なセリー」CD盤で再発売。リリィ横山が臨時従業員期間を終え本採用となる。
それに伴い、エマニュエル小湊に改名
5/1
INTER FM「good morning garage」に、マリアンヌ東雲と本郷ケメ子が生出演。
支配人の流麗な日本語に、DJのジョージ・ウィリアムズ氏がウットリしたとかしないとか。
5/17
衣替え。初めての深夜営業企画「サロン・ド・キノコ25時」を新宿ジャムにて行い大盛況。
支配人が浴衣姿で生のエリンギを貪り食い、お腹の具合を悪くする。
